2016/08/05

認知症学は人間学のひとつ

「あいさつができていない・・・」、ならば「あいさつをしましょう、自ら率先して・・・」。実にばかばかしいこと。大体、「あいさつ運動」なる表面的スローガンを掲げたキャンペーンをはること自体が恥ずかしいことなのです。小学生ではあるまいし、本質的には家庭での躾(しつけ)の問題です。

「あいさつをしよう!」などと大きな横断幕や看板を校門に掲げた中学・高校というのは、「躾の厳しい学校」ではなくて「躾から始めなければならないほどに荒んでおり、学業は二の次です」ということを公に言っているようなものです。学業成績、即ち、難関高校・大学合格実績というのは別次元のことなのです。(勿論、「学歴至上主義」を言っているのではありません。)

残念ながらこういう低い次元のことは介護現場も例外ではないはずです。崇高な理念だけが先行して虚しい現実だけが横行する。色々と介護の質が問われる一方、全国にはしっかりとした教育や取り組みを実践している施設もあるものです。
私がいつも注目していて、お手本であり目標でもある施設では、施設内での教育に「木鶏会」(この頁下段に掲載)を採用しているという。

たぶん、こういうことを実践している施設では、あいさつの励行という基本中の基本はとっくに徹底されており、次の次元に向かっているだろうと思います。


<転記はじめ>
人格向上に対する社内勉強会『社内木鶏会』
平成24年1月より社員たちによる自主的な勉強会を実施しています。テーマは 『人間学』で、致知出版社より毎月発行されている雑誌『致知』を活用し、掲載される記事を題材に感想文を発表・意見交換会を行っています。
木鶏会の目的は:
 1)職員一人一人の人生・仕事に対する意識を高め、人間力の向上を目指している
 2)組織内の交流を深め、他職種とのチームワーク向上、目標や方向性を一つにしていく。


こういうことを実践するのと並行して、

秀慈会は、国の方針に沿った医療・介護の取組みを目指しております。在宅復帰して家族の負担を最小限に抑えて家で過ごせるよう、『認知症』と『リハビリテーション』に力を入れております。職員を教育し、認知症やリハビリテーションに関して医学的研究・臨床を行い、常に新たな開発も挑戦して多方面から医療と介護の充実を図っております。

治療する老健へのパラダイムシフト 『少量薬物療法によるBPSD併発認知症患者への治療』
萩の里の認知症棟では、平成24年4月より新たな試みとして、重度のBPSDを併発している認知症患者を受け入れ、『少量薬物療法』を施行した上でBPSDを軽減、在宅復帰して頂いております。その後は、少量薬物療法に理解のあるかかりつけ医に引き継ぎ、各種在宅サービスを利用されております。ご家族がレスパイトを必要とすれば、ショートステイのご利用や再入所する等の流れを繰り返し、現在まで42人の重度のBPSDを併発している認知症患者を治療致しました。
<転記おわり>




認知症を学ぶことの本質は「人間学」を学ぶことでもある
およそ文学とは程遠い私ですが、広瀬淡窓の「休道の詩」は座右の銘です。
介護の仕事はひとつ間違えると、「3K」を地で行くだけのつまらない仕事になってしまいます。「休道の詩」は、ある大学医学部の教室歌にも「友への思いは濃く深く、君は川流(せんりゅう)、我は薪・・・」と歌われています。

つまり、負担の軽い水汲みを同僚にやってもらい、負担の重い薪拾いを自分がする、という同僚のことを思いやりを表しているのです。「お互い様」のことですけれど、こういう思いやりの精神は、いかなる分野でも必要だと思うのです。
私はこの大学の医学部とは縁もゆかりもないのですが、疲れたときにはよく聴いて癒されております。そして思うこと、「あの頃はよかった・・・」


 木鶏会とは?
YouTubeに「木鶏会」のことが紹介されています。
詳しくはこちら →


こういう熱心な取り組みを見るにつけ、「出版社の営業戦略にはまったのか・・・!?」と、一歩引いてしまうかもしれません。たしかにそういう冷静な判断力は必要です。けれど、ビデオを観てお話しをよく聴いてみると、「社内木鶏会」には効果があるようです。