2015/11/08

認知症患者への薬物使用の行方

ガイドラインは認知症高齢者とその介護者を救えるのか


適切な治療を受けることもなく、或いは漫然と投与され続けた薬のために介護負担が憎悪しているだけの入所者を哀れで気の毒と思う以上に、施設職員の方こそ哀れで気の毒に思えてしまうものです。

日中でさえ人手不足が深刻な介護現場では、夜間ともなると介護負担は更に深刻なのです。
つい先ほどトイレに行ったばかりなのに、またトイレに行きたがる。寝る前の薬はまだかとナースコールを鳴らし続ける。転倒リスクが高いにも拘わらず、ベッドから独りで起き出す。大きな声で騒ぐ、歌う。弄便する。毎日がこんなふうだと、言葉は悪いですが、「誰が産業廃棄物最終処分場にしたのか!?」とさえ言いたくもなるのです。

誰がした・・・
 ・認知症の陽性症状を抑える治療を求めない施設職員
 ・認知症を治せない医師
 ・治療に適切な情報提供できない看護師
 ・施設に入れておけば安心であると誤解や勘違いしている家族
数え上げればキリがない要因があります。

更には、少量の向精神薬でも使うことに偏見や誤解が潜んでいることもあります。だから、非薬物療法でなんとかしようと頑なになるのです。しかし、これは現実的には極めて厳しいのが実情です。世界的にみると、「認知症のBPSDには、非薬物療法を第一に」というのが趨勢となっています。

これに拍車をかけるが如く、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」(案)が今年4月に提示され、その顛末が気になるところでした。

4月に公開された「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015() 

 認知症の周辺症状(BPSD)には、適切な薬剤の併用が必要なことが多いのです。
認知症の周辺症状(BPSD)は、「陽性症状」と「陰性症状」があり、介護者にとって迷惑で負担のかかるのが「陽性症状」です。
この陽性症状を少量の向精神薬で抑えることが、多くの場合必要となります。
中核症状を治療ターゲットにする抗認知症薬(アリセプト、レミニール、メマリー、リバスタッチ/イクセロンパッチ)だけが認知症に適合する薬剤ではなく、向精神薬もまた認知症の症状を抑えるために有用であることを認識しておく必要があります。
「神経病理学の研究が進めば進む程、複雑な病理の事実が明らかにされて来ている現状を見る時に、ドネペジルなどの薬剤だけに頼っても認知症の治療はうまくいかないことは明らかである」(認知症治療研究会会誌第2巻第1号、p.109)と記されているように、従来から使われ続けてきた古くて安価な薬剤の少量組合せ使用にこそ今日直面している認知症対策の鍵があるのです。



高価な新薬だけに依存する薬物療法には必ずしも期待する効果が得られるとは限らず、また医療費を高騰させる一因となっています。更に、介護費の高騰にも繋がっているのです。

深刻な事例では、抗認知症薬を服用して症状が悪化し、要介護度が増したということも生じており、医療費の無駄遣いと介護費の無駄遣いが多重化しているという実体もあるのです。

従って、家庭介護での限界から、介護施設の利用、更には特養入所希望者の増大となってしまうのです。「特養が足りない。ならば、特養を増やせ」という安易な発想しかできない行政は、少しばかり方向性が異なる施策を打ち出してきました。特養を増やせと言っても、財政的理由と人材不足の理由から、一朝一夕に増やせるものではありません。

このような厳しい現状に鑑み、ガイドライン(案)で推奨される指針には反対の意見を述べる必要があったのです。従って、パブリックコメントには認知症治療研究会からもコメントを送っていました。


ガイドラインはまともな認知症医療に導いてくれるか!?

「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015完成の報告およびパブリックコメントへの回答が公開されました(日本老年医学会、2015年11月4日)。

本年4月に行いましたガイドライン(案)のパブリックコメント募集に対して、非常に多くのご意見をいただきありがとうございました。全部で158件(学会8件、研究会・団体2、医師85件、薬剤師6件、薬学部・薬理学教員3件、看護師1件、介護職8、製薬会社7件、登録販売者1件、一般37件)と多数のご意見をいただきました。
それぞれのご意見、ご指摘は大変貴重なものであり、本ガイドライン作成グループとして真摯に受け止め、どのように「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」をより良いものにしていくか慎重に検討を重ねて参りました。
それぞれのご意見、ご指摘は大変貴重なものであり、本ガイドライン作成グループとして真摯に受け止め、どのように「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」をより良いものにしていくか慎重に検討を重ねて参りました。その結果、薬物リストの名称などガイドラインの中心部分に変更を加えることとなり、それも受けた各論の修正及び再審議に長時間を要してしまいました。
(一部転記引用)

そして、ガイドライン本編では次のように記されています。
上記下線部は、コウノメソッド実践医による専門的治療への配慮だろうか? もしそうであるとすれば、幸いなことです。
パブリックコメントのまとめと回答」(PDF形式)では、p.3~5においてBPSDに関連する薬剤に関する記述の問題点を再検討した経緯をきちんと記述してあります。各方面から受けた指摘を真摯な姿勢で精査したようです。
雇えば、BPSDに抑肝散だけが有効であるかのような誤解を生じる記述は削除されています。先のガイドライン(案)では、抑肝散が認知症の陽性症状の何にでも効くかのように記されていましたがこれは不適切です。



ガイドラインはガイドラインとして「大枠」を提示しているだけであって、個別の領域に特化してはいないので直接の比較はできないのですが、認知症の治療は「コウノメソッド流 臨床認知症学」で詳細を見極めていただきたいものです。
特に専門的治療を受けている場合、リストに載っている薬剤も専門的見地に基づくことが多いことに留意いただきたいとされているのですから。
上の表中、「参考にしたガイドラインまたは文献」に、「コウノメソッド流 臨床認知症学」も加えておいた方がいいでしょう。




マスメディアは適切に後追い報道するのか


2015年4月1日、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015(案)が発表され、その翌日にはマスメディア各社一斉に「向精神薬を中止すべき」という見出しの報道をしました。

「中止すべき」、即ち「ストップ(STOP)」なのですが、STOPではなくてSTOPP(Screening Tool of Older Person’s appropriate Prescriptions for Japanese)の意味でもあるようです。
マスメディアの報道では、分かり易くてセンセーショナルな見出しを記事に付けるのが常なのですが、誤解に基づく偏見や先入観を誘発することは避けていただきたいものです。


12月にはこのガイドラインが正式版として刊行されることになっているので、その際には誤解を生じることのないよう適切な報道に期待したい。

【参照URL