2015/11/01

臨床認知症学は面白い

こんな面白い学問は初めてだ

「コウノメソッド流 臨床認知症学」(日本医事新報社)の「序」で次のようなことが書かれています。
「こんなメッセージが書かれた医学書は読んだことがない」
「本の内容を忘れることができない」
「アンダーラインで真っ赤になってしまった」
「人生観が変わってしまった」
「後輩の医師にも勧めたくなった」



「こんなメッセージが書かれた医学書は読んだことがない」
医者ではない私は医学書は数冊しか読んだことがないのですが、それでもこんなメッセージ豊かな医学書は読んだことがありません。メッセージというのは下手をすると、筆者の独断的・独善的な意見として解釈されることにもなりますが、第三者の立場として冷静に現実に鑑みて納得するところが多いです。

「臨床」なのですから、それはまさに「介護現場」でもあります。「患者」を「施設利用者」に置き換え(読み替え)て、本書を読み進めると「たしかにその通りだ」と施設利用者からも教えられることと一致するのです。


「本の内容を忘れることができない」
年相応に記憶力が衰えてきているので忘れます。でも、「どこに何が書かれていたか」ということは忘れませんから、読み進めてはまた戻って読み直して・・・の繰り返しです。それで、「ああ、そうだったね」と思い出しますから、忘れられないのでしょう。


「アンダーラインで真っ赤になってしまった」
はじめからアンダーラインを引くのはもったいないので、2回目以降の精読でアンダーラインを引くつもりなのですが、たしかにラインマーカーペンが何本あっても足りそうにないくらいの内容です。


「人生観が変わってしまった」
別の意味、「人生が変わってしまった」というのは、認知症患者自身、あるいはその家族にもこの本による恩恵を享受していただきたい。
つまり、
 ・これまで不適切な治療を受けていたけれど、コウノメソッドで救われた。
 ・認知症は治らないとあきらめていたけれど、コウノメソッドで救われた。
ということです。

更には、この本がきっかけということではないのですが、コウノメソッドによって介護を生業とする人生が変わったということが私の場合には明言できるのです、
ひとつには、認知症のことを深く理解できるようになったこと。そのことで、不適切な治療を見抜くだけの鑑別能力が身に付いたことです。


単に介護施設で働いて生活の糧を得るだけに留まらず、我が国の認知症医療に正面から直接的にもの申す機会を得たことです。これは何か特別な努力を重ねて獲得したのではなく、まったくの幸運によるものです。


「後輩の医師にも勧めたくなった」
私には後輩にも先輩にも医師はおりませんが、是非とも医師の方々に読んで欲しいですし、実践していただきたいです。岩田医師(コウノメソッド実践医、長久手南クリニック院長)は著書「認知症になったら真っ先に読む本」(現代書林)で、「コウノメソッドに準じた治療はインスタント味噌汁のパックを切って、お碗に入れ、熱湯を注ぐだけで、何十年も熟成された味噌の風味が味わえるのと同じです」(p.149150)と記しています。


「コウノメソッド流 臨床認知症学」は、コウノメソッドを知らずに初めて読むには難しいところもあるでしょう。既刊の「コウノメソッドでみる認知症診療」、「コウノメソッドでみる認知症処方セレクション」、「コウノメソッドでみる認知症診療Q&A」 (左記はいずれも日本医事新報社刊)、「ピック病の症状と治療」、「レビー小体型認知症」(左記はいずれもフジメディカル出版刊)を読んでいても、分厚い「コウノメソッド流 臨床認知症学」を読み進めるのに時間がかかります (多分、私のアタマが悪いからでしょう)

コウノメソッド初心者は、「コウノメソッド流 臨床認知症学」を要約したようにも位置付けられる「コウノメソッドでみる認知症診療」をよく読んで、認知症診療の全体像を俯瞰(理解)してから、「コウノメソッド流 臨床認知症学」に入るのが理解の最短コースなのかもしれません。

ただ、それでも絶対必要不可欠なことがあります。それは、認知症患者自身から、あるいはその介護者から謙虚な姿勢で話しをよく聴くということです。「年のせいだから」とか、「素人が口出しするな!」などという考えを持たないこともまた大切なことです。

極めてシンプルな例え話し、
「あなたは、患者の排便が滞っている情報を得ないで、下剤を処方できますか?!」
ということです。