2015/09/26

インターネット社会と認知症情報

インターネット社会と認知症情報の関係

今回は、かなり「オタク」な話しです。このブログは、「認知症に関することを介護者目線で書いております」という大義名分の元、実はただのストレス解消の一手段でもあります。「のほほぉ~ん」と暮らしてはおりますが、やはり介護現場もなにかとストレスは多いものです。

だから、インターネットで情報検索したり、ブログを更新したりしております。ある日のこと、このブログのアクセスログを見て驚きました。異常に多いアクセスを記録していたのです(下図参照)


通常はこのブログのアクセスは1日に100回を超える程度なのですが、ある時刻にまとめて93回ありました。これはWebサーバのアクセスカウンタ機能が検索エンジンの検索に反応したのではなく、明らかに特定の閲覧者がページを表示してみたのでしょう。読んでみたのかまでは分かりません。

検索キーワードで最も多いのが、「コウノメソッド」です。また、このブログ表示のひとつ前にどこからアクセスに来たのか分かる機能(HTMLの仕様)では、「ドクターコウノの認知症ブログ」です。ちなみに、このブログをお気に入りに登録して頂いている読者数となると把握することはできません、

「デジタルデバイド」という言葉があります。これは「情報格差」のことで、パソコン、インターネットなどの情報技術を使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる格差のことです。認知症に関して、インターネットの恩恵を受けることができるのは、ほんの一握りなのかも知れまん。また、インターネットが使えても、情報が多くて逆に役立つ情報に辿り着くのがひと苦労なのです。

だから、自分の親が認知症になり、ネット検索してコウノメソッド実践医に辿り着き、治療を受けるというのはほんの少数なのかも知れません。また、認知症のことについて知りたくてネット検索したところで、膨大な情報源にある膨大な記述から真に役立つ記述を見つけることもまた大変です・

インターネットには「光と陰」、「功と罪」がありますが、「光」と「功」にのみ着目して認知症に関する情報を見てみると、分かってくることがあります。
それは、認知症医療はナラティブであるということです。そしてまた、NBMであるということです。更には、コウノメソッドはNBMであるということです。




EBMは確率論が抱える問題を内包しており、個々の患者が個性的であればあるほどevidenceが当てはまる部分は低下していきます。その手法の対局にあるのがNBMNarrative Based Medicine)で、患者個々の呈する多彩な症状にアプローチしようという方法がNBMです。つまり、EBMの限界を補完する実践法であるのです。NBMは、症状を診て治すという漢方医学に似ています。

実際に介護現場で認知症の施設利用者(患者)が一堂に会したところで症状を観察していると実に多彩であり、また共通していることもあるのも分かります。また、必ずしも典型症例ばかりとは言えない人もたくさんいます。まさに十人十色なのです。「嗚呼、これはとてもではないが、確率論で話しを展開するEBMだけでは到底手に負えない」と改めて感じるものです。即ち、エビデンスを中心軸にして認知症の治療を論じるには限界があるのだということに気付かされます。


お金との関係 ・・・もうひとつの認知症問題!?

資本主義経済・自由経済では、企業活動によって収益・利益を得ることは当然の営みです。製品(薬品)を売って得た利益の一部(多額)が大学研究活動に供される、マスメディアの広告媒体にのる、学会の運営資金に「協賛金」として流れる、ということはやはり気を付けてアタマの片隅においておく必要があると言えます。


薬剤の副作用は恣意的に隠蔽され、効果だけが協調される。だから、言葉巧みに副作用の実態があたかも、「副作用」が「効果」であるかのように評価されて語られるのです(下図参照)


こういった事情は、カネの流れ()によって製薬会社に都合の良いようにしか報道されないのです。また、その報道の情報源となる学会発表や論文にもカネの力が影響していることもあります。
同じようなことは医療に限ったことではなく、様々な業界にもあります。「おかしいな!?」と思ったことはカネの流れで考えることも必要です。

インターネット放送というカネの流れとは関係ないであろうメディアでは、大手マスメディアではあまり取り上げられることのない方々が登場されています。真実というのはむしろ、こういう方々の意見・主張にこそあるような気がします。

認知症患者が増加の一途を辿ることは間違いない今日、インターネット上にある無数のブログなどで語られる認知症患者と介護者の姿はナラティブであり、(少数ながら)認知症治療で望む効果を得られた方々こそEBMそのものなのでしょう。
この「少数」を「多数」に変えて、近い将来には「普通」の当たり前のことにする。今、どうしても取り組むべき課題です。


総合力で解決する

最近ようやく解ったこと・・・NBMとEBMの関係でコウノメソッドを理解するという視点が必要。
それから、それぞれの長所を活かしながら、相互に補完し合いながらシステムとして体制を築き上げるということ。





相も変わらぬ政治パフォーマンス

特別養護老人ホーム(特養)を増設しても、根本的に解決することはないでしょう。増設すること自体が難しくなってきているのに・・・ 「介護離職ゼロ」とは、親の介護のために仕事を辞めるということなのですが、介護職離職ゼロ」を先に何とかすることも重要課題です。介護職を辞める人が多いのは、ひとえに重労働の割に賃金が安くて報われることの少ない仕事だからなのです。
(以下、青色表記はYOMIURI ONLINEより転記引用)
「介護離職ゼロ」目指し、特養増設・待機解消へ安倍首相は、先の自民党総裁選の公約で掲げた「介護離職ゼロ」の実現に向け、特別養護老人ホーム(特養)の大幅な整備に乗り出す方針を固めた。全面的に介護が必要な入所待機者を、2020年代初めまでに解消することを目標に掲げ、16年度当初予算から特養の整備費用を拡充する。24日の記者会見で、社会保障制度改革の最重要施策として表明する。 首相の記者会見を踏まえ、政府は、少子高齢化や、労働力人口の減少を食い止める策の検討に向け、経済界や労働界などでつくる「国民会議」を創設する。 特養の入所待機者は、13年度で全国に約52万人いる。このうち、身の回りの世話が一人ではできず、自宅で待機している「要介護3」以上の約15万人をゼロにすることを目標とする。

特養が良さそうに見えるのは誤解で、「核廃棄物処分場」よろしく「医療・介護産業廃棄物処分場」とでも言いたいのが現実なのです。その理由は、上に示した図にあるようなシステムが存在しないままに、現在に至っているからなのです。


「国民会議を創設する」って、構図がどこか似ている。3.11東日本大震災で放射能漏れを起こした東京電力福島第一原子力発電所の事故対策として、当時の政府は次から次に「委員会」だの「会議」だのを設け、御用学者の意見を聴いて有効性のないことばかりやっていたのです。その構図と似ています。政治家はまた同じような失敗をくり返すのでしょう。

とても分かり易い話し
御用学者ではない小出裕章助教を招聘せよ!(現在、京都大学を定年退官、詳しくはこちら)
御用学者ではない河野和彦医師を招聘せよ!(名古屋フォレストクリニック院長 詳しくはこちら)
ということです。

現実的解決には、上図のようなシステムを取り入れた有料老人ホームには補助金を出して、特養並の利用料金にすることです。それと併せて、認知症医療村」を解体することです。