2015/05/09

認知症介護通信15/05/09

オタク人のオタク的こころ
地デジ内蔵DVDプレイやが故障したので、「昔とった杵柄」とばかりに修理を試みました。IC(集積回路)やLSI(大規模集積回路)、個別部品の小型化に加え、益々高密度実装化が進み、修理は難しいと思いつつ本体のふたを開けてみました。

元々はこういう電子機器の分解や修理が趣味だったのですが、ここ数十年は遠ざかっています。ひとつには、製造技術が進み故障が少ないからです。それと、昔のように壊れた部品を取り替えるのではなく、基盤ごと取り替えて修理することが前提となっている現在、「修理」という考え方自体が変わってきているのです。

件のDVDプレイやの蓋を開けてみると、ホコリがいっぱい積もっていました。ブロアで丹念に吹き飛ばし、掃除機でホコリを吸い、基盤間を接続する配線を外しては取り付ける作業をやってみましたが、正常に動作することはありませんでした。残念ですが、できることはここまでなので、蓋を取り付けました。

昔は、ディスクリート(個別)部品の外観を観たり、テスタで電圧を測ったりして故障箇所を見つけ出せたものでした。技術の進歩は多大なメリットを消費者に与えている一方、「修理して使う」というある意味オタク的楽しみを奪っているのです。これはごく一部のオタクの道楽なので、どうでもいいようなことで、メリットを享受することの方が評価されればいいのです。
「昔はよかった・・・」 誰しも思う懐古主義が出始めましたので、もうオジサンですね。


認知症医療村の結論や如何に・・・
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の案に関するパブリックコメント募集に対して、上に示したコメントがホームページに公開されると共にメールでも送られてきました。

多数の意見が出るのは高い関心の証しなのですから、少しの時間ではなくてじっくりと時間をかけて詳細に検討していただきたいものです。仮に1年かかったとしても、誰からも文句を言われることはないでしょう。但し、製薬会社からは、「急いで欲しい」と注文があるかもしれません。

かなり穿った見方なのですが、パブリックコメントの募集がただの自作自演のパフォーマンスではないかということ。電力会社の原発再稼働に向けた公聴会というのが、実は自作自演であって結論は再稼働に決まっているけれど、「一応市民の声もお聴きしておきます」という実態があります。
過去に実施された九州電力玄海原子力発電所の公聴会では、同社社員、関連協力会社社員もいて、「やらせ発言」が問題になったことがありました。私の知人である同社本店幹部も内情を知っていて、「アホらしい!」と吐き捨てておりました。

広く意見を聴いているのですから、「向精神薬使用反対派」・「抗認知症薬使用推進派」からの意見も当然あることでしょう。それはそれで構わないことなのですが、「始めに結論ありき」ということにはなっていないことに期待したい。

向精神薬を適切に使っていない特養、老健、あるいは認知症集中治療病棟を有する医療機関に出向き、1日でもいいので現場を体験してみることをお奨めします。何故なら、机上の論文には記述されないであろう、日々の過酷な介護現場にこそ真の認知症の実態があるのですから。

学会の活動にご意見を賜りますようよろしくお願い申し上げます」 はい、ただひとつ。製薬会社との癒着関係を絶ち、一般社団法人の学会として国民のために真に役立つ活動をしていただきたいものです。


ショートステイ利用中に病院受診した症例
とにかく迷惑なだけの(正直なところ、1日も早く出て行って欲しい)、ショートステイ利用のKさん(男性、前回の記事参照)は隣の病院で受診しました。それはそれで結構なことなのですが、受診の仕方が極めて稚拙です。
 ・前頭側頭型認知症(FTD)と診断されるに足りる情報をきちんと伝えられるのか疑問。
 ・その病院は前頭側頭葉変性症(FTLD)の診断能力なし、当然のことながら治療能力もなし。

医療連携などという形骸化したシステムでは太刀打ちできるはずもありません。加えてただの介護職者が医者よりも認知症に詳しくてはまずいですし、看護師よりもきちんと情報を握っていても困るのでしょう。事実、病院受診するからということで、私に事前の相談はありません。Kさんには抑肝散だけが出されているのですが、FTDにはあまり効果はありません。
因みに、このさんの症例からも、認知症のBPSDに抑肝散を第一選択肢として推奨するというガイドラインの稚拙さが窺い知れます。

このKさんには、ショートステイ利用前どこかで(持病治療の関係で2つの医療機関)、抑肝散が処方されていたようです。別の医療機関を受診した際に、「抑肝散は効かないようですから・・・」と気付いてグラマリールに切り替えることくらいできないものか? もっとも、グラマリールでは効果が小さいでしょうから、ウィンタミンが良いのですが。

もし私に相談があれば、的確な診断に足りる情報を整理して示すことができます。当然なことながら、最適な治療方法も教示することができます。職域を超越して、これをされてはまずいのでしょう。一体、何処を見て仕事をしているのやら。言うまでもなく、治療能力のない医師の顔(メンツ)でしょうけれど。

独断と偏見によるかなりの毒舌的批判

そりゃぁ~まぁ~、色々ありますわぁ~、色々と。
 ・褥瘡のことには神経質なくらいに気をつけていても、認知症の進行(悪化)には無頓着。
 ・下剤の調整はするけど、その他の薬はまったく調整しない看護師。医師の指示はないの?
 ・「これ以上の治療を望まない」と言いながらも、救急搬送を認める家族。
 
 ・施設に預けたら安心と誤解している家族。「施設を間違えなくてもばあちゃん、呆けます」。
 ・入所前の前医の診断と処方を踏襲する医療連携。ここから悲劇もまた踏襲されます。
 ・施設に義務付けられた「事故報告書」以上に、「誤診指摘報告書」もまた重要書類です。

 ・ちょっと声かけしていただけなのに、「そんな暇があるのなら・・・」と口を出す職員。
 ・体調変化の報告には耳を傾けても、BPSDの報告は知らぬ存ぜぬ。ただの勉強不足?
 ・「様子観察しましょう」と言っても、それに基づく適切な対処なし。

 ・入所者を直接診ない施設嘱託医。お忙しいのでしょうね。
 ・入所者の生活の様子を見ないケアマネージャ、何の仕事をしているのだろう?
 ・やたらと多い会議。出席しないから詳しくは知らないけれど、ある意味ラッキー!

 ・必要な消耗品すら満足に買ってもらえない。内部留保の確保が最優先なのでしょう。
 ・私が参考配布した「認知症治療研究会 プログラム・抄録集」(5冊)の反応、これ皆無!
 ・病院・老健・特養で患者をまわす、「顧客囲い込み」営業戦略? これ、手堅く儲かりまっせ!?

 ・私には絶対にお呼びがかからない、施設での「認知症勉強会」。大変なことになる?!
 ・積極的に開示されない服用薬リスト。諸般の事情で私には絶対に見せられないでしょう。
 ・最近、人員不足から生じてきた粗雑な介護。(私の介護も粗雑になってきました。反省。)

 ・最近激増している暴言的口癖(1) 「治療せい! いい病院紹介するから!」
 ・最近激増している暴言的口癖(2) 「いい薬ありまっせ。処方箋は私が代筆するから!」
 ・最近激増している暴言的口癖(3) 「認知症を治せない医者は介護現場を荒らす」

何処かしら、何故かしら、介護現場という所はおかしくて歪んでいるように思えてならないですね。もっとも私もオタク級に歪んでおりますけれど。
それでも、安易に迎合だけはしたくありませんね。


「生涯学べ(Live and learn)」と中学校の恩師は仰っていた

基本的には「楽しませてナンボ」の介護士なのですから、高齢者の排泄や食事など身のまわりのお世話をして、その日その日を恙なく(つつがなく)過ごせればいいのです。それでも、「医者じゃないあんたが認知症の勉強をするのは趣味!」と愚妻に言われながらも、認知症を学ぶ日々なのです。

ピック病の施設入所者を傍らに見守りしつつ昼食を摂りながら「ピック病の症状と治療」を読み終えたので、今度は「コウノメソッドでみる認知症Q&A」の再々読です。何回くり返し読むことだか? 最近、記憶力の衰えを強く感じるようになったのだから仕方ありません。

忘れる以上のスピードで覚えることによって身に付いたことだけが真の理解でしょう。また、もし忘れたとしても、「どの本の何処に書いてある」ということを覚えておき、必要なときに引っ張り出せればよいのです。

更には、できるだけ多くの論文を読むことです。分からないことや、更に詳しく知りたいことは、PDFファイル形式で公開されている論文(特に総説/概説と称して著されたもの)を読むことで理解を深めていけばいいのです。但し、「治療方法はない」とか、「非薬物療法で対応する」といったところは無視しておきます。

このブログを読んで、メールを下さったある人がこういう主旨のことをお書きになっていました。「コウノメソッドという希望に巡り逢えなかったら、介護を続けていく気にはならなかった」と。ある意味、これは認知症を深く理解している人であるからこそ言えることなのだろうと思います。残念なことに、認知症はまだまだその治療の歴史が浅くて、成熟しているとはお世辞にも言えません。医師の方々は大学で認知症教育を受けてはいないだろうと思います。私だって同じです。医師ではありませんから、当然なことです。

医師であろうと、コメディカルであろうと立場は違っていても、「認知症」という極めて限局的に対象を絞れば、スタートラインは同じなのです。そしてそのゴールは、認知症をなんとか治そうという医師とも同じなのです。認知症も診てはいるけれど治す気のない医師は、相手にすることも迎合するでもない別扱いです。

ただ社会的に迷惑なので批判して叩くだけです。叩くと言っても、よもやブログで病院名を公開する訳にも行きませんから、治療失敗症例を挙げるだけなのですが、「ブラックリスト」はあります(現在増える一方)。


「あなたの診断は間違っていますし、処方も適切ではありません」

と、見抜く者が徐々にではあるにせよ増えているということを医者は謙虚に受けとめるべきであり、強い危機感を持つべきなのです。何故なら、現状の治療能力のままでは、これから増加する一方の認知症患者に適切に対応できないことは火を見るよりも明らかなのですから。

 

接遇・声かけについて ・・・ 研修より
「職場内研修」というのがあります。たしか介護報酬の関係から実施するようになっているかと思います。不真面目なので、あまり熱心に聞いてはいませんけど。先頃実施された研修より・・・

頻繁にトイレに行く利用者に対して、どのように声をかけるか? という設問がありました。それを少人数のグループに分かれて議論するのですが、議論のあとの全体発表で出された意見は次のことでした
 ・好ましくない声かけ ・・・ さっき来たでしょ。またですか。
 ・好ましい声かけ ・・・ 今、トイレは一杯なので少しお待ちください。

介護というある意味「閉じた世界」では、「閉じた条件」の中でしか議論ができないようになっているようで、下記のことが欠落しているのです。
 ・認知症は適切に治療されているのかという疑問
 ・認知症のタイプに応じた対処方法を考慮する
 ・介護だけで何とかしようという頑なな姿勢への問題意識

実は頻繁にトイレに行きたがる人の大半は前頭側頭型認知症(FTD)なのです。仮に、FTDとまで言い切れなくても、前頭葉機能の低下に原因があるのです。だから、周りの状況など一切お構いなしに、「おしっこ、おしっこ!」と言うわけです。勿論、つい先ほどトイレに行ったばかりだということを忘れていることも一因です。アルツハイマー型認知症の人は異常なほど頻繁にトイレに行きたがることはありません。

私は、わざと「認知症が適切に治療されているのか考えることも必要」「認知症のタイプに応じた声かけの考慮が必要」と言ってみました。すると、「介護現場だけでの対応が大前提」との声が出ました。いやいや、そういう前提条件そのものが間違っていると指摘してはみたのですが、予想通り、同意されることも相手にされることもなく却下されました。

看護師も「声かけ、介護で・・・」と言うのですから、始末が悪いです。看護学校で認知症の「に」の字さえ教育を受けていないのでしょうが、それは私も同じです。


介護現場だけで、介護力だけでなんとかするという頑なな姿勢は通用しない

頻尿に対してはベシケア。FTDに対してはウィンタミン、リバスタッチ、レミニール。こういう治療があってもなおトイレに行きたがるようであれば、適切な声かけで対応する他にないのです。そういう思考ができない限り、いつまで経っても過剰なトイレ要求に従い続けることになるのです。


人の基本的欲求である排泄欲さえも十分に満たして差し上げられないことには、介護者として結構ストレスになるものです。かと言って、すべて対応するには人的・時間的に無理なのです。
それでもなお「声かけでの対応を!」と言うのですから、実はあまり意味のない研修となるのです。

あとになって数人の同僚に訊いたのですが、「発表したような声かけができるものか!」と、誰もが異口同音に言っておりました。皆さん、ホンネとタテマエを上手に使い分けている。



あの素晴しい愛をもう一度 
1971年に発表されたので、現在施設で暮らす入所者が40歳代のことになります。子育てに忙しくて、フォークソングを聴くゆとりもなかった時代なのでしょうか。こういう楽曲もレクレーションで皆一緒に歌って楽しく過ごせるようになりたいものです。
因みに、リリースされた時代は「素晴らしい」ではなくて、「素晴しい」と表記されていました。いつだったか忘れましたが、仮名遣い・送り仮名の改訂があったのでその影響でしょうか。




お知らせ
できるだけ毎週1回の定期的な更新を続けてきましたが、これからは不定期の更新となります。
ありがとうございます (^_^)Y
それにしても、約1年間でアクセス総数30,000回を突破するとは・・・ (2015/05/08) 
ご覧いただいている方々にお礼を申し上げます。

「いつまで続くことやら!?」って、まだまだ続くのですが、浅学無知なので少しばかりスローペースにして、「情報処理力」「情報編集力」充電です。