2015/04/05

認知症医療村はどう責任を取るのか(2)

向精神薬が使えない明日 The Day After Tomorrow
向精神薬を使わないようにしましょう。それは、できればそれに越したことはありません。だからと言って、実際にほどんど使っていないか、使っているとしても処方が不適切であるとどうなるのか・・・

1日中、大きな声で奇声をあげる。突然、理由もなく怒りだして暴力をふる。入浴時に暴れて数人がかりで風呂に入れる。10分と経たないうちに何度もトイレに行きたがる。特に用事がある訳でもないのに呼び止める。隣の席の人のお膳に手を出す。ご飯やおかずを所構わず捨てる。夜、眠らずにウロウロする、大きな声を出す。食べ物以外のものを食べる。口をすぼめて食べない。このような人達を四六時中お世話する。


こういう困った現実を論文から読み取っているのでしょうか? 上記に挙げたことはごくありふれた介護現場で生じている実態のほんの一部なのです。(因みに、上記は前頭側頭型認知症(ピック病)、あるいはピック症候群の大変困った症状なのです。)

何の苦労するでもなく、認知症介護の現状を知るでもないであろう人達の「論文遊び」の末に出された結論(?)に、家庭介護者や施設介護者は翻弄されなければならないのでしょうか。
「介護力でなんとかしろ」だって。
インターネット社会とは言えども、まだまだ適切な治療をしてもらえる医師に辿り着けるとは限らないのです。
「認知症には適切なケアで対応しましょう」、こういう主旨の情報ばかりが氾濫しています。

向精神薬を使用しないように推奨したらどうなるのか。
それは例えば、日本各地の何処にでも在る、今日の荒れた老健や特養の実情を見れば分かることです。ですから、質的には、もう既に現実としてあるのです。数的には、今後増加の一途を辿ることは火を見るより明らかなことは言うまでもありません。

あまりクローズアップされることこそありませんが、上記のよな困った人達が、少しばかりの手助けを借りながらも施設で平穏に暮らしている人達の本来受けられるであろう介助の機会(時間的、心的)さえも奪うことになるのです。これは毎日のように生じている紛れもない事実です。

何だか推奨の決定要因が曖昧なのですが・・・

高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 p.3より

■望ましい効果と望ましくない効果のバランスが不確実
これは当たり前のことで、すべての薬には望む効果(作用)も望まない作用(副作用)もあります。問題なのは、認知症の症状に合わせた適切な処方(種類と量)がなされていないことにあります。例えば、前頭側頭型認知症にアリセプトは効果がありませんし、抑肝散もセロクエルも同様です。レビー小体型認知症に規定通りのアリセプトは多過ぎます。こういう実例が混在した状況からは確実なデータは得られないでしょう。

■エビデンスの質が低い
「エビデンス」を拠り所とする論文でありながら、「エビデンスの質が低い」というのであればそもそも採用すること自体に問題があるのでは?
また、認知症治療に於いては、治療薬の効果を大規模に検証してエビデンスを得るのには不向きな性質の対象ではないでしょうか。

■患者の価値観や好みの不確実さ、あるいは相違
患者自身、あるいはその家族の価値観(即ち、認知症を治して欲しいという希望)と、「認知症は治らない病気」とする医者の間には、相違しかありません。「認知症は治せる」という希望(新しい価値観)を共有しない限り何の解決策は得られないでしょう。

■正味の利益がコストや資源に見合うかどうか不確実
古くからある薬は一般にその薬価が安いし、抗認知症はその数十倍も高くて、副作用も多々あるのですが、「資源」に介護力(マンパワー)は考慮されていないのでしょうか。

薬価が高い割に効果を現す確率が低い上に副作用もある抗認知症治療薬(アリセプト、レミニール、メマリー、リバスタッチ/イクセロンパッチだけが推奨されるとしたら、むしろ問題ではないでしょうか)。これらには増量規定があり、製薬会社が決めた用法用量通りに処方しなければならないことになっています。このこと自体が期待する効果に見合うだけのコストに値するかどうか不確実では?

以上、あたかも「揚げ足取り」のようなことを並べましたが、論文ベースの知見からだけで妥当性があるのでしょうか?


論文が認知症の真の実態を表しているとは限らない
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 p.4より

採択した論文から得られた結論というのが下表(認知症のみ掲載)の通り。

高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 表より一部抜粋
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 表より一部抜粋
これをどう解釈すればよいのか。認知症のBPSDには抑肝散と抗認知症薬が最も推奨される?! 
そんなまさか・・・
4大認知症とされるアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、血管性認知症の各タイプでBPSDは異なりますから推奨される薬物も自ずと違ってきます。
せめて、認知症個別に推奨(或いは中止)する薬物のリストでなければ真に役立つガイドラインとは言えません。

結局のところ、使ってもいいのですね!

高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 「スタートとストップ」 p.3より
高齢者の「多剤併用の減少」は重要なことに間違いないでしょう。「医療費の抑制」も誰もが痛切に思っていることでしょう。良いことを書いています。

ところが・・・
 昔から使われてきた薬価の安い薬を使わない方がいい 

そして、
 薬価の高い、しかも深刻な副作用も多々ある抗認知症薬を使いましょう 

と言っているようなものなのです。
サマリーをよく読んでみると、認知症のBPSDにはアリセプトが効果的な薬物であり、向精神薬はどれも副作用ばかりで有効な薬物ではない」と主張しており、あたかも「認知症のBPSDを向精神薬で治療されては困る」という恣意的な結論になっているように感じるのです。
初版から10年の時を経て得られた知見から、これが結論なのでしょうか。もしそうであれば、稚拙過ぎます。

そして、最終的には・・・
 直接の担当医が判断すべきもの 

と申し添えているのですから、結局のところ・・・
ということなのですね!

実はこの「医者選び」が大変なのです。例えば、ショートステイでやって来る認知症患者はどなた様も手のかかる人達ばかり。調べてみると、誤診と不適切な処方ばかり。医師ではない素人の私がみても分かります。こういうお粗末な認知症医療は、根本的な対策を講じない限り超高齢社会を幸せにすることは到底できません。

ガイドラインに対する評価(批判)から少しばかり外れるのですが、各学会は総力をあげて認知症を治せる医師を増やすことこそが最重要課題ではありませんか。

「ガイドライン」は総論的な指針を示したものであり、高齢者医療の各診療科目の各論は別に存在するのでしょう。ただ、総論が不適切なことを論じるとすれば、各論はそれに影響されてしまいます。そういう意味でも、10年ぶりの改訂だという「高齢者の安全な薬物療法指針」は、真に役立つ有効な指針を示すガイドラインとなることを切に希望するものです。

あるブログでは、「認知症患者をほとんど診ない学者達が薬物療法ガイドラインなど出すなんてことはナンセンスである」とコメントされていたのですが、
私流に言えば、「最終的に責任を取る者」・・・ 
医者ではありません。認知症患者自身と、介護する家族や施設介護者なのです。

私の身近な親戚は、レビー小体型認知症でした。そこにアリセプトで食事を摂れなくなり、経鼻経管栄養。そして、医療機関のたらいまわしの果てに早過ぎる天寿まっとう。こういう責任の取り方はないでしょう。

最後に付け加えておきたい。
全国紙も全国ネットのテレビ局も、このくらいのことをきちんと報じていただきたい(色々としがらみはあるのでしょうが)。

「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015案」が報じられた同じ41日、こんな報道もありました。「認知症医療村」・・・ 「原子力村」と似た存在なのだろうか・・・?
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