2015/04/04

サプリメント新時代

サプリメント新時代
健康食品はこれまで原則として体にどのように機能するのか表示できませんでしたが、一定の科学的な根拠があれば企業の責任で表示ができる新たな制度が41日から始まりました。
企業は、論文などで有効性などを証明できれば、販売を開始する60日前に消費者庁に届け出るだけで、「目の健康を維持する」とか、「丈夫な骨をつくる」など、商品のパッケージに体の部位を示して機能を表示することができます。

根拠ある有用なデータが蓄積された製品が市場に出回ることは良いことです。認知症介護の立場から見て、その効果をもっと全面的にアピールして欲しいのがフェルガード(グロービア)プロルベイン(カイン)です。これらの製品は薬局・薬店や通販では購入できず、医療機関の紹介が必要です。それは、企業として、製品の特性を熟知し、製品に責任を持つ誠実な姿勢なのです。ある意味、単なる売上げ・利益至上主義に走らない、社会的使命を具現しているのです。



最近、フェルガード100Mの臨床研究に関する論文が掲載されました(Academic Press出版/英国)
(認知症におけるフェルラ酸とガーデンアンゼリカエキス:認知機能及びBPSDに対する効果)
-国立病院機構菊池病院 院長 木村武実先生  

プロルベインもフェルガードもコウノメソッドでも推奨され、岩田先生(長久手南クリニック)の「ドクターイワタの認知症ブログ」の症例報告に頻繁に登場するのですから、もはや「健康食品/サプリメントの範疇を超えた薬品」と言ってもよいのではないでしょうか。或いは発想を変えて、薬とサプリメントの組み合わせで治すのが認知症であると理解するのです。

ドクターイワタの認知症ブログより

どんなに声かけしても、調理や見た目に工夫したとしても食べない人は食べないものです。嚥下機能に障害がある人は、飲み込むことに時間がかかります。どんなに注意深く食事介助していても、誤嚥のリスクを伴います。こういう方々のお世話を親身になって行っていても、いずれは誤嚥から入院となり、経管栄養となれば施設を退去せざるを得なくなります。
実に残念で虚しいことなのです。せめて、フェルガードで嚥下機能の改善を図り、その上で可能な限りのお世話をしたいものです。それでも経管栄養となるのであれば、運命として受け入れざるを得ません。

認知症の陽性症状で大声を出して騒いだり、周囲に迷惑をかける人に、どんな声かけをしてもおとなしく過ごせるようにはなりません。環境を変えてみたり、トイレに誘ってみたりしても、それは極めて「一時凌ぎ」であり、決して有効な解決策ではありません。フェルガード、あるいはプロルベインで陽性症状を抑えて、その上で丁寧な介護をする。これが「理にかなった介護」なのです。
勿論、皆が皆、これらのサプリメントを購入できる訳ではありませんから、適切な薬物療法によって介護上の困った症状を最小限に抑えることが必要不可欠なのです。


こういうことを・・・
 ・提案することもなく、入所受入をする施設は能力不足。
 ・知らないままに、「介護力で何とかする」と頑なになる職員/スタッフは勉強不足。
 ・理解のないまま、家族を施設に預けっぱなしにするのは無責任。
 ・初めから否定して、旧態依然とした治療を続ける医師は時代遅れ。


思い出よりも記録を残そう
Iさん(享年91)は私の認知症の先生のひとりでした。前頭側頭葉変性症(FTLD)であることは確かなのですが、どのタイプなのかずっと鑑別ができないままでした。最近になって、おそらく運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症(FTD-MND)なのだろうと推定しています。ただ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とも思えるし、正確には分かりません。

 Iさんの見せたピック症状:
 ・びっくり眼 ・ズボンのたくし上げ ・吸飲 ・口すぼめ ・手をパチパチたたく
 (まだADLがしっかりしていた頃は、盗食や食行動異常があったらしい。)

体は全身の力が入らなくてグニャグニャ(まるで糸の切れたマリオネットのよう)なのですが、自発的に手足を動かすことはある。鉛管様筋固宿なし。睡眠時の寝言なし。発語なし。易怒性なし。手を握っても、握り返すが力なし。褥創なし。嚥下障害あり。

最期の日、家族の面会があり、娘さんの介助で昼食を食べさせてもらいました。その後、私の介助でベッドに移乗して横になりました。そしてかすかな喘鳴が聞こえ、びっくり眼の目を更に大きく開きました。いつもとは違う異変に気付き看護師を呼びました。
暫くして、救急車が到着して救急病院に搬送されたのですが、およそ3時間後にIさんの訃報を聞きました。腹部大動脈瘤破裂とのことでした。

何もしゃべることもなく、寝たきりで、誰にも迷惑をかけるでもなく、それでいて多くを私に教えて下さったのでした。偶然なのでしょうが、あとで振り返ってみると何処かしら、運というのか巡り合わせというのか、目に見えない力で引き寄せられた何かを感じる1日でした。職員の中で私が最期にお世話させていただいたのですから。


「記録を残す」とは、介護サービスにおける介護記録のことではありません。認知症の人のお世話を通じて、各タイプの認知症の症状をしっかりと覚えておくことです。仮に今は認知症の症状を教えてもらって鑑別ができるようになっても、適切な治療に結びつけられなければその人にとっては何の役にもたたないでしょう。けれど、いつの日にか介護現場での「気付き」が適切な治療に繋がるようになれば、認知症を教えて下さった方々への「報恩感謝」となるのでしょう。



ユマニチュード(Humanitude)
できる限り意識しながらやってはいるけれど、時間的制約や気持ちのゆとりの無さから、とてもではないがやってられない。見つめて、話しかけて、触れて・・・ そういうことを忙しい中で時間をかけてやっていたら、同僚から怒られます。

まったく酷いことには、「そんなことする時間が欲しいなら、あんたはグループホームに行った方がいいんじゃない!」 忙しいだけの特養では、見つめて、話しかけて、触れて・・・なんてこと、する所ではないと言いたいのでしょう。これは、実際にあった話です。