2015/01/24

認知症介護通信15/01/24

ばあちゃん、介護施設を間違えなくてもボケるで!

無関心と無知は介護負担を憎悪させ、介護保険制度を破綻させる元凶かもしれない。
少しばかり過激なタイトルだが、これは「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」(ブックマン社)の模倣である。自分達の生活や仕事が忙しくて施設に行くことがままならないのだろうけれど、「自分の親でしょ。もっと頻繁に会いに行こう!」ということを言いたいのである。

介護施設に親を入れたら、あとはほったらかしで施設任せという家族が実に多い。親身になってお世話する者としては実に嘆かわしい。特養では、「積極的治療を望まない」という家族もいるが、それは無責任であり、保護放棄である。ある意味、他人に介護を任せて自分は、「知らぬ存ぜぬ」を決め込んでいるようなものである。介護保険の無駄遣いであり、迷惑の押しつけである。

「家族が治療を望まないから」という理由で適切な対処をせず、介護負担が増すばかりの厳しい現実がある。「施設を間違えたら・・・」以前の問題であり、家族の問題でもある。その数があまりにも多いものだから社会問題になっているというとらえ方もできる。

どこの施設でも似たり寄ったりであろうし、気付けるかどうかの違いであろうが、以下は身近にみることのできる実例のごく一部である。

1年以上前、慢性硬膜下血腫による前頭葉の機能不全でピック症状の進行(悪化)を指摘したことがあるが、黙殺された。「家族が会いに来ないから」というのが理由である。その結果、現在は食事を含めて全介助が必要となり介護負担が一段と増している。表現が露骨で当人には申し訳ないが、食事の様子は家畜同然である。(面会頻度:数年に1回)

レビーピックコンプレックス(LPC、レビー小体型認知症とピック症状の複合)を指摘したが、レビー小体型認知症(DLB)さえも認識されず、無視されている。幻覚、妄想に加え、介護抵抗が増えてきたため介護負担が増している。(面会頻度:年に数回)

DLBの初期(おそらく医師でもDLBであると診断できないかもしれない)を再三にわたって指摘したが、無視されている。食事介助中のムセが頻繁で、このままだと誤嚥性肺炎は時間の問題である。やはり、介護負担が日ごとに増している。(面会頻度:月に1回)

こんな身近な事例を挙げたらキリがない(このブログのあちこちで書いておりますけど)。だから、施設に親を預けている子どもよ、親に会いに行きましょう。そして、治せる認知症治療をあきらめずに求めましょう。施設職員だけでは、家族にほったらかしにされた高齢者の面倒のすべてを看きれないのである(治療に同意を得て、治療費を出してもらわないとどうにもならないから)。


こんな記事を見つけた。はあぁ~! と、虚しいだけの文言にため息。
「人はパンのみに生きるにあらず」 資質向上のために研修を、と言いたいところではあるが、私は研修を受けたことがない。独学とOJT(On the Job Training)だけである