2014/12/27

認知症介護通信14/12/27

失敗は成功の元
J-ADNIという国内最大規模の認知症臨床研究において「データ改竄」だの「準備不足」だのという報道があり注目されていた。その調査報告書が提出された。【参照:調査報告書


調査報告書を読むと分かるが、「データ改竄」という以前の問題で、ただの準備不足だったということに尽きると思える。責任を問われている大学教授が気の毒という気もするが、責任者なので仕方ない。

この報告書に下図の指揮管理体系が掲載されている。報告書を読み、この図を見たとき、「あぁ~、これはデータベースシステム構築のプロジェクトの完遂は難しい!」と思った。データベースシステム自体は小規模の技術集団で制作されたであろうが、運用においては組織が多数の施設、団体や企業の大人数で構成されている上、研究助成金を出す組織が複数あり、複数年度にまたがっているからだ。
初期の設計段階で要望や意見を収集することは当然のことであるが、それを集約して「機能仕様書」というドキュメントに書き下すことは容易な作業ではないことは経験から解る。

システム構築ノウハウを持ち、取り扱うデータの特性を知り、最終的なシステム完成イメージを共有できる少人数で構成されたチームでなければ完成されないだろう。また、予算の出資者が複数であるところもプロジェクト推進の足枷だったことであろう。
データベースシステムの構築を請け負った会社のシステムエンジニア(SE)のご苦労が窺い知れる。また、プログラム作成に従事したプログラマーも同様である。
プロジェクトの失敗事例というものは世の中にいくつも存在する。治験データの改竄や特定の医薬品の効果が過大に評価されたということではないし、患者に実害が出たのでもない。今回のシステムは「プロトタイプでした」ということにして、次のバージョンでは成功させて欲しい。それが真の責任の取り方だと思う。


徘徊するアルツハイマー型認知症
徘徊する認知症といえばアルツハイマー型認知症(ATD)がその代表である。施設にHさんが、ショートステイで入所したのだが、初日からよく歩き回ることただでさえ忙しいのに、施設職員としては迷惑以外の何者でもない「お客様である」。

お客様なので滞在中に転んで怪我でもしたら大変だから、見守りのためHさんが行く先々に職員がついて回る。一見するとまったく無目的に歩き回っているようであるが、後からついていって様子を観察すると出口を探していることが分かる。居室や非常口などいたる所でドアを開けようとしている。ちなみに異食などの行為はないから助かる。

こういう時に、
 ・座ってゆっくり話しを聞く
 ・トイレに誘ってみる
 ・テレビを観せる
 ・お茶やお菓子を勧める
 ・気分転換に外へ連れ出す
などという場当たり的なことだけを考えてみても無駄であることもある。

HさんがATDであることはすでに分かっていたのだが、半端ではない徘徊ぶりが気になり、服用中の薬を調べてみた。アリセプト10mg、メマリー20mgの中核症状薬と、セロクエル、抑肝散の抑制系薬が処方されていた。薬の選択は良いが中核症状薬の量の多さに驚いた。「中核症状薬でエンジンをふかせておきながら、抑制系薬でブレーキをかけている」ようなものである。認知機能を改善させたいのであろうが、周辺症状が酷くなってしまっては介護者が困るだけである。

アリセプトとメマリーの組み合わせというのはあるが、それはいよいよ治療に難渋した時の最終手段のようなものである。Hさんは、ピック化することもレビー化することもない、どう見てもありふれたレベルのATDである。メマリーもアリセプトも減らすか、レミニール(またはリバスタッチ)に変更するという判断ができないのだろうか。(レセプトの問題があるのかもしれないが、もしそうであれば、増量規定のもたらした薬害である。)

処方した医師を調べてみると、認知症サポート医であった。認知症サポート医とは、「かかりつけ医への研修・助言をはじめ、地域の認知症に係る地域医療体制の中核的な役割を担う医師」(厚生労働省)のことらしい。

ショートステイの利用者は、認知症の地域医療のことを色々と教えてくれる貴重な情報源なのである。施設入所者どうかと言えば、やはり入所前の主治医の認知症治療能力を教えてくれる貴重な情報源であることに変わりない。

私はATDにはあまり関心がない。適切に治療できていれば、ちょっとした見守りと介助でなんとかなるものであるからだ。認知症だけが介護職者の関心事ではないが、レビー小体型認知症(DLB)、レビーピックコンプレックス(LPC)、前頭側頭型認知症(特にピック病)には関心を持ちショートステイ利用者を観ていると実に多くのことを教えてくれる。


原子力村と認知症医療村・・・ たぶん似たような癒着構造?
原子力発電の存続か廃止かという議論は前々からあったが、2011年3月11日の東日本大震災発生による福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故以降は大きな関心事となり活発に議論されるようになった。多重の安全対策を講じているから安全であるという「神話」が長い年月を経て形成されたのだが、その「安全神話」は崩壊したのである。
「原子力村」という言葉は随分昔から世の中に存在したが、インターネット社会の今日、その存在は簡単に知ることができるようになった。(参照「原子力村の住民一覧」)
詳しくはこのサイトなどでご覧いただくとして、原子力村や、安全神話の創造にみられる日本社会の病み(闇)は、認知症医療においても「認知症医療村」が存在するように思える。

認知症医療村・・・ たぶん、上図において電機メーカー、学会、業界団体などをそのまま認知症関連に置き換えても同等の構図ができあがるのではないだろうか。カネの流れで追ってみると分かり易い。
上図をカネの流れで見た場合、その原資は電気料金であるが、医療の場合は医療保険料と税金である。国民負担を強いるだけの村社会は日本の国力を衰退させる元凶以外の何者でもない。

電力の場合、地域独占企業であるから選択の余地がない。けれど、認知症医療の場合は選択肢はいくらでもある。認知症をちゃんと治してくれる医療機関を選べば良いのである。その「選択眼」を得るためには、インターネットで調べるか書籍で情報収集して勉強すれば良いのである。【参考資料:コウノメソッド2015コウノメソッド実践医

認知症医療に限ったことではなく他科の病気でも同様であるが、患者やその家族が適切な知識を持って医療機関を選択することが重要である。医療というサービスを適切に選択することで、質の悪いサービスしか提供できない医療機関は淘汰されていく。
認知症医療村を個人の力で直接潰すことはできないだろうが、適切な医療サービスを求めようとする「賢い消費者」としての行動の集合、あるいは趨勢は認知症医療を変える原動力になり得る、と思う。