2014/10/04

認知症介護通信14/10/04

大声で唸る意味性認知症の人

Nさん(女性)はショートステイの利用者である。およそ2週間に1回、数日間の施設滞在である。Nさんが到着するとすぐに分かる。「ホォー!ホォー!」と1日中、まるでフクロウのように大きな唸り声をあげているからである。はっきり言って、うるさくて仕方ない。

Nさんにはアリセプト3mgが処方されているのだが、このアリセプトによって大きな唸り声をあげるという奇異反応を生じていると思われる。Nさんは、意味性認知症(SD、前頭側頭葉変性症のひとつ)なのである。話せない、話しかけても理解していない、介護拒否がある、怒り出す、食事の異常行動(箸をうまく使えない、お膳をごちゃごちゃにする)といった症状があるからである。

1年間くらいであろうか、私は、NさんのSDとアリセプトのことは知っていて様子を観てきた。最近、Nさんの薬を処方している医療機関が変わったを知った。以前は開業医からの処方であったが、現在は地元に古くからある総合病院である。糖尿病があるためその治療を受けているのは分かるが、認知症に関しては未治療に等しい。否、悪化させているだけである。総合病院であるからといって、認知症治療ができるなどとはまったく期待していないが、とても残念なことである。

Nさんは、無目的に立ち上がることも、歩き回ることも、易怒・暴力もないから、大声で唸ること以外は在宅介護で苦労することは少ないであろう。適切な治療(アリセプトは中止してリバスタッチかレミニールに代える、フェルガードを併用する)を受ければ、家庭介護で暮らしていけるだけの能力は残っているだけに、これから先が気がかりである。

LPCのTさん、怒る

Tさんはレビー小体型認知症(DLB)であるが、これに軽いながらもピック病が複合したLPC(Lewy-Pick Complex)である。Tさんは、通常はLモードなのだが、時々Pモードになる。この「Lモード」とか「Pモード」というのは一般に通じる用語ではなく、私が名付けた言葉である。
  ・Lモード
   レビー小体型認知症の特徴である幻覚・妄想の状態にあり、目がうつろでぼんやりしている。
  ・Pモード
   易怒性があり、暴力をふるったり、食事の時に異常行動が出る。

Pモードのスイッチが入らないように、私は絶対に性急な声かけや介助をしないように気を付けている。例えば、昼寝のあとに離床介助する際に、「起きましょう!」などといきなり声をかけて離床させるようなことはしない。「Tさん、お昼寝の時間は終わりましたよ。休めましたか?」などと言って様子を観つつ、じわりじわりと離床に誘導するのである。
「休めましたか?! 体が休まる訳ないでしょ! 年寄りなんだから!」などと口答えして怒られることもあるが、暴力までには到らない。

ところが最近、「2回も引っかかれた」という話しを新米の職員から聞いた。普段、何の刺激もない状態では暴言・暴力などない、おとなしいタイプのTさんである。Pモードのスイッチが入る要因のひとつは、接し方にもあるのだと感じた。性急で、何かの目的を果たすがためだけの声かけは、Pモードを誘発させる一因であろう。

挨拶してくれた

Iさんは寝たきりのピック病である。数ヶ月前までは食事だけは自分でできていたが、今は全介助の状態となってしまった。無言症もあり、どんなに声かけしても発語はない。年齢が93歳なので末期でもあり、何も言わないのも無理はないと思っていた。但し、声をかけるとしっかりと視線を向けることができる。

私はきちんと声かけするし、挨拶もする。ある日の午前中、水分補給の時間にいつものように「おはようございます」と挨拶したら、Iさんは小声で不完全ながらも「おはよう」と言って下さったのである。私は、意外な行動に驚くと共に、少し嬉しくなった。

このIさんの場合、90歳を超えていて、易怒も暴言も暴力もないから、FG療法(フェルガード+グルタチオン点滴)だけでもできれば良いのにと、勝手に思ってきた。現在のところ、これは実施不可能であるから、非薬物療法に頼る以外にどうすることもできないのである。それで、ユマニチュードに則して声かけを続けてきたのである。

ユマニチュードについて 「認知症の窓」より転記
ユマニチュードは、見る、話しかける、触れる、立つという4つの方法が柱となっていて、全部で約150もの技術があります。
見る
認知症の人の正面で、目の高さを同じにして、近い距離から長い時間見つめます。斜めや横から視線を注ぐのではなくまっすぐに見つめ合うことで、<お互いの存在を確認することができます。
目の高さを同じにすることで、見下ろされているような威圧感を与えず、対等な関係であることを感じてもらいます。近くから見つめると、視野が狭くなりがちな認知症の人を驚かすことなく接することができます。

話しかける
優しく、前向きな言葉を使って、繰り返し話しかけます。介助をするために体に触れる場合も、いきなり触れるのではなく、触る部分を先に言葉で伝えて安心感を与えてあげます。
例えば、洗髪を行う場合に「とてもきれいな髪ですね。これから、髪に温かいお湯をかけますね。気持ちがいいですよ」などと話しかけます。しかも、できる限り目と目を合わせながら行うようにするといいようです。

触れる
認知症の人の体に触れて、スキンシップをはかります。決して腕を上からつかむような感じではなく、やさしく背中をさすったり、歩くときにそっと手を添えてあげる等、認知症の人が安心できるように工夫します。

立つ
寝たきりにならないよう、認知症の人が自力で立つことを大切にします。歯磨きや体を拭くような時でも、座ったままではなくできるだけ立ってもらいます。立つことで筋力の低下を少しでも防ぐことができますし、座ったり寝たりしている時よりも視界が広くなって、頭に入る情報量を増やすことができます。

「ユマニチュード」などと意識して構えてやっている訳ではないが、私は「見る」、「話しかける」、「触れる」という行為は日々の介護で常に普通のこととして実行している。アルツハイマー型認知症か、レビー小体型認知症か、ピック病(前頭側頭型認知症)か、それぞれの認知症のタイプ・症状に合わせて話しの内容・方法を使い分けているのである。そうは言っても、「認知症には薬物療法」という気持ちに変わりはない。

「いつも怒っているのに、話しかけたら、機嫌良く返事してくれた」ということがあっても、私は何の違和感をおぼえることもないし、ユマニチュードを否定することもない。普通のこととしてみている。ただし、あまり効率的ではないし、どこかしら刹那的であるとも感じる。

時間の制約や心理的なゆとりのなさ、更には左記のような状態にあってもユマニチュードをきちんとやっていたら、周囲の者から「そういうことする時間はない! さっさと業務を片づけろ!」と指摘されるのは火を見るより明らかである。
他人様のお世話をしているのであって、モノを扱っているのではないから、「効率」という言葉は使いたくないのだが、薬で治せる、あるいは緩和できる困った症状は薬で抑える方が効率がよい。その上でユマニチュードを活用する方が効果的であると思う。