2014/09/20

認知症介護通信14/09/20

敬老の日に思う 過酷な現実ですわぁ~

認知症に関心を持つようになって早7年。年数ばかり重ねても特別に何かいいことがある訳ではない。むしろ、「冷や飯喰らって、早7年」という感じである。そもそも私の介護技能というのは特別に秀でていることもなく、「月並み」、「人並み」かそれ以下である。
第一に、早く・手際良く介護ができている訳ではないからだ。ともすれば、「早い・荒い・酷い」という塩梅でもいいから、時間内に決められたことを決められたようにこなしておれば、それで事足りる。悲しいかな、それが介護の実情なのである。

認知症の症状が進行し末期ともなると、受容・傾聴・共感などしなくてもいい、できなくてもいいという殺伐とした厳しい世界でもあるとも言える。言語/非言語によるコミュニケーション不能となり、人が人たる生活を送れていない現実もある。施設で認知症を患った要介護度4以上、年齢80歳以上ともなるとかなり厳しい生活である。これを単に「老化」という言葉で総括できるのだろうか? こういう厳しい現状を見るにつけ、認知症医療への不満と介護制度への不信感を募らせるのは私だけであろうか? 

先日、敬老会が開催され、国会議員や市議会議員の政治家も来賓として施設に来られ、「過酷な現場で働く尊い仕事だ」などと美辞麗句を並べて祝辞を言っておられたが、なんだか空々しく思えた。卑屈な表現かもしれないが、認知症医療の後始末をやっているだけのことであり、住み慣れた家庭で家族から面倒をみてもらえない人たちのお世話をしているだけのことである。「この程度の症状も治せんのかなぁ~?」などとぼやきながら介護している。
ところで、この拙いブログのアクセス数が、9月15日に10,000回を超えた。この数の1/1000の10人でも良いから、「認知症は治せる」ということに気づき、ちゃんとした認知症医療を受けて、人らしい生活を取り戻せたらいいなと思う。


この人に聴く ー 井深大氏 SONY創業者 ー

今でこそ「トランジスタラジオ」などという言葉は死語である。「トランジスタ」という言葉も同様である。けれど、現在の高齢者が働き盛りであった時代、真空管に代わりトランジスタが世に登場した。
「ポケットに入るラジオなんてできるわけない」 真空管式ラジオが当たり前であった時代、そういう反対意見、懐疑心は当然のことのように湧き起こったのだが、製品化され世に普及した(昭和30年)。現在、ポケットに入るラジオは当たり前の普通のことである。
SONYは、昔は東京通信工業という社名の小さな会社であったが、トランジスタをいち早く量産化する技術を開発した。そして現在、世界屈指のエレクトロニクス企業に成長した。その創業者が井深大氏である。


「イノベーション」などというものは世の中にいくらでも存在してきたし、既成概念を打ち破ればこれからも生まれる続ける。そういう「イノベーション」のひとつにコウノメソッドを加えても良いのではないだろうか。「認知症は治せる」 Made in Japan の治療技術である。