2014/06/06

ザ・ピック ーピック病の利用者に捧ぐー

私が介護の世界(通所介護)に足を踏み入れたとき、衝撃を受けたと同時に認知症への深い興味を与えてくれた人がいる。 Mさんとしよう。
Mさんは、娘夫婦と共に暮らしていた(過去形なのは、もう他界されたから)。 デイサービスの送迎車で自宅前まで迎えに行くと、玄関からなかなか出てこない。 
以下は、Mさんのいつもの様子(症状)である。

玄関から外に連れ出すのが一苦労。 なにしろ、こちらの言うことはほとんどまったく聞かないのである。 「我が道を行く」が如くである。 おまけに、家族(娘)には口汚く暴言を吐き続ける(「罵る(ののしる)」と言った方が適切な描写かもしれない)。 少しばかり幸いなのは、易怒(怒り易い)がほとんどなく、大声を出すことも少ないことである。 一般に、易怒や大声があるともう在宅介護は不可能である。 介護する家族がストレスで倒れてしまう。

何とか、騙し騙し送迎車に乗り込ませ、シートベルトを締める。 多分娘さんはご近所に対する恥ずかしさからであろう、母親を見送ることもなくピシャリと玄関をすぐに閉めてしまう。
ここまでくると、「しめた」ものだ。 移動の車中では、車窓から見える看板を読み上げる。 幻覚を見ているとは思えないが、外を指さし「あそこにカラスがいる・・・」などと作話を続ける。

さて、デイサービスに到着すると、降車させるのがまた一苦労である。 なにしろ、こちらの言うことをまったく聞かないのである。 聴力に障害がある訳ではない。 これがピック病の症状のひとつなのである。 

デイルームでは、座布団や他の利用者の持ち物を集めてまわる。 一見無意と思われる徘徊はない。 食事は一部介助であるが、自発的に食べることは少ないのでスプーンで食べ物を口に運んでやると、口をすぼめる。 異食は希にあるから、見守りが欠かせない。
排泄では、失禁がたまにはあるが、いくらかはセルフコントロールできている。 トイレまで誘導できれば、排泄をちゃんと済ませることもできる。 入浴はといえば、ご多分に漏れず大暴れである。 

ある時、「アリセプトとかの薬で治療していないのか」と家族に訊いたことがある。(当時、私はピック病にアリセプトが無効であることを知らなかった。)
すると、「アリセプトを飲んだら症状が酷くなったので、今は何も飲んでいない」と言う。

私はデイサービスから有料老人ホームへ異動となったが、後年になってMさんは在宅のまま天寿を全うしたと聞いた。 ピック病、現在では「前頭側頭型認知症」という分類に組み入れられているが、このピック病のMさんとの出逢いがなかったら今の私(認知症オタク)はなかったかもしれない。

【重要】
 ・前頭側頭型認知症(ピック病)をアルツハイマー型認知症と誤診されるケースが多々ある。
 ・前頭側頭型認知症(ピック病)にアリセプトを服用させてはいけない(BPSDは酷くなる)。
 前頭側頭型認知症(ピック病)は家族関係を崩壊させる程のエネルギーを秘めている。
 ・けれど、劇的に治しやすいタイプの認知症である。


前頭側頭葉変性症(FTLD)について 菊池病院 木村武実先生