2014/06/10

どうやって認知症を勉強したらいいのか[4]

私は医学屋ではない。 だから、テレビ等で見聞きする家庭の医学程度のことしか知らない。 私は文学屋ではない。 だから、夏目漱石の坊ちゃんくらいは読んだことはあるが、本棚には文学書は1冊も並んでいない。 
元々、私は工学屋である。 だから、工学書は本棚の飾りのように並んでいる。 読んで、調べて勉強しなければ飯が食えないのだ。 こういう癖があるから、疑問に思ったら、徹底的に調べる習性が身に付いた。


さて、ある時、こういう勉強方法があるんだ、と気付いたから紹介したい。 それは、施設にある「個人情報ファイル」、あるいは「介護記録」である。 
介護記録は、いわば「お役所仕事」のお付き合いで書いている位にしか私は思っていない。 けれど、お役所はこの記録を介護サービス提供実績の拠り所として介護報酬を支給するのだから、お付き合いでも書いて、5年間保管しておかねばならないのである。

ところがである、この記録の綴り(ファイル)に、既往歴、入所前の生活歴などと共に「医療情報提供シート」が綴じられていることに気付いた。 たまに、処方薬の記録もあったりするのである。 これを見て、笑った、怒った、そして激怒した。
これは、ある意味参考になると思った。 最近は、激怒を通り超してもう笑うしかないことが多いのであまり見ないようにしている。

以下は、ほんの数例である。
■診断名:アルツハイマー型認知症
■処方薬:アリセプト
■私の見立て:正常圧水頭症に伴う認知症疑い。 強度のすり足歩行。 時々、惚けたことを言うが、通常は正常にしか見えないし、アルツっぽさを微塵も感じない。

■診断名:アルツハイマー型認知症
■処方薬:なし(本人の拒薬による)
■私の見立て:ピック病。 入所前に入院していて、その病院でアリセプトが処方されたのだが、易怒のため身体拘束を受けていた。 「我が道を行く」感じの生活態度、唾吐きがある。 注意すると、烈火の如く逆上する。

■診断名:アルツハイマー型認知症
■処方薬:アリセプト
■私の見立て:LPC。 いつもぼんやりしている。 体幹傾斜あり。 時と場所をわきまえず夜中であろうと、大声で歌を歌い出す。

■診断名:老人性妄想症(調べたが、こういう名称の病名は見当たらない)
■処方薬:不明
■私の見立て:認知症ではない。 会話は極めて正常ながら、軽度の遅発性人格障害か遅発性統合失調症か?

■診断名:統合失調症(レセプトの関係もあるのかもしれない)
■処方薬:不明
■私の見立て:CBD(大脳皮質基底核変性症)。 左右差の著しい鉛管様筋固縮、プレコックス感、嚥下障害など。 左記の緩徐進行。

診断名と処方薬と症状の因果関係を知りたければ、薬の服用管理をしている看護師に訊けば一番効率が良いのだが、そういうことに一介護士(しかも、月並みの仕事しかできない)が口出しすると、イヤがられるし、喧嘩になるから遠慮してタッチしないことにしている。


【ワンポイント解説】
・医療情報提供シートの中で、認知症の診断名を過信してはいけない。 また、その処方薬がベストとは限らない。
・先ずは自分で鑑別すること。 (「診断」ではない、「鑑別」である。)
・医-看-介が連携して介護にあたろう。 生活のお世話だけが介護職の仕事ではない。
河野先生は、「コウノメソッドを学べば、認知症の鑑別診断は実は医師でなくても、画像機器がなくても、85%可能である。」という。 この言葉を信じて学ぼう。



音楽レクレーションでお奨めの一曲。 「丘を越えて」藤山一郎。
「丘を越えて」(おかをこえて)は、1931年(昭和6年)12月に日本コロムビアから藤山一郎の歌唱によって発売された昭和歌謡である。 1931年(昭和6年)に発表された新興映画『姉』の主題歌である。 (ウィキペディアより転記)



この歌のイントロは長い。 マンドリン演奏に耳を傾けるのもいいが、それでは少々間が持てないこともある。 それに第一、歌い出しが分かりにくい。 こういう時には、イントロ紹介と称して思いつきのアドリブで何か蘊蓄を並べることにしている。 それでも退屈な時には、大まじめに指揮者のマネをして指揮棒を振るのだ。 これが結構ウケる。